情熱の国スペインとピレネー山中アンドラ公国10日間の旅にご一緒して

ピレネーの向こうはアフリカだった

「ピレネーの向こうはアフリカだった」と、ナポレオン一世は言ったそうです。スペインとフランスとの国境を東西に壁のように隔てるピレネー山脈は、実際に行ってみると、ヨーロッパ・アルプスとまではいかないにしても、険しい山々が連なり、交通の障害となっていたことが良く分かります。肥沃なフランスの土地に比較すれば、どちらかと言うと乾燥しているスペインの大地は、ナポレオンの目にはアフリカのようだと映ったのでしょうか?7世紀初頭からレコンキスタ(国土回復運動)が完成する1492年までのイスラムの7世紀以上に渡るイベリア半島への進出は、現在でもそれとはっきり分かる文化的影響をスペイン各地に残しています。そのイスラムの勢力を長い年月をかけて排除したスペインが持つねばり強さを、その後ナポレオンは嫌というほど味会わされました。スペイン独立戦争において、ナポレオンはそれまでの不敗神話がとぎれ、栄光からのターニング・ポイントとなる不名誉な負け戦となり、その結果として彼は、ピレネーの向こう側はヨーロッパではない、と言い訳にしたかったのかも知れません。あるいは純粋に、イスラム文化が薫るスペインをそう表現しただけだったのでしょうか?いずれにしても、ピレネーの向こう側には、ヨーロッパの中央部にはない、イスラム文化の香りが色濃く残り、後世の芸術家たちにも大きな影響を与え、それが大きな魅力として現在でも多くの人々を引き付ける原動力になっている、と思います。


バスクに興味を持ったきっかけ

ピレネー山中からは、日本に大きな影響を与えたフランシスコ・ザビエルが生まれています。今回の旅では残念ながら訪れませんでしたが、ピレネーの西側のスペインとフランスの国境をはさんで、バスク人が住む地域があります。彼はこのバスクの出身です。各国の軍隊で制帽に採用されたり、芸術家が愛用するベレー帽はこのバスクの民族衣装から生まれましたが、この方が一般的かも知れません。私がバスクに興味を持ったきっかけは、大学を卒業してから旅行業界に入ってまだ間もない頃、25日間という長期のヨーロッパ旅行の添乗に出かけた時のことです。今から30年以上も前の事ですから、当然インターネットも「地球の歩き方」も無く、当時あったのはブルーガイドという今から比べたら本当に簡単なガイドブックが一種類あるだけの時代でした。入手できる情報は限られたものだけの上に、それまでヨーロッパに行った経験は、学生時代に個人的に一回と、アサヒトラベルに入社後、先輩のアシスタントで一回行っただけという、本当に素人に棒を振っただけの状態でした。30名を超えるお客様を連れて、ヨーロッパの中央部をバスで横断するのに、手配課から昼食はすべて自分で現地で手配して下さい、と言われて送り出されてしまいました。不安一杯で着いたウィーンのホテルで、夜、電話がかかって来ました。翌日から一緒に行動するバスのドライバーから、今、ホテルに着いたという知らせです。すぐにロビーに降りて行くと、刑事コロンボを少し若返らせたような人懐こい感じの男性が笑顔で待っていました。私は彼と明日からの日程の打ち合わせをしながら、自分は不慣れなので、昼食もどこでとったら良いか判断ができないと正直に打ち明けたのです。彼はにっこりと笑って、大丈夫、自分が全て教えてあげるからと。翌日から始まったバス旅行では、彼が私の先生役でした。例えば、昼食前に湖のほとりのビューポイントにバスを止めます。彼は今から15分間フリータイムをとり、その間にあのレストランに行って昼食のアレンジをして来なさい、といったように的確に教えてくれました。更に、このルートを通るよりも、こちらの方が遠回りになるけど景色が良いとか、何日目のこの日程は時間的に無理があるから、この見学は翌日に回した方が良い、ということまでアドバイスしてくれました。そしてオーストリア、ドイツ、リヒテンシュタイン、スイスと彼の助けもあって順調に進み、いよいよ最終日がやって来ました。それまでの旅行中に、彼はフランス側のバスクの出身であること、彼の妻はスペイン側のバスク出身であること、バスの運転手は夏の間だけ行っていて本職はプロのピアニストで、冬はバスクでピアノを弾いている事などを話してくれました。最終日、スイスのホテルにチェックインを終え、お客様が部屋に上がった後、彼はホテルのロビーにあったピアノを見つけ、私一人の為に一曲弾いてくれました。そして、最後に手を振って去って行きました。その当時あまりにも若かった私は、その若きコロンボが本当に特別な人であった事に気がついたのは、何年かしてからでした。なぜなら、その後、英語が理解できない、道も良く知らない、ガイドと喧嘩をしてきれてしまう、指示書に記載がないと言って原則を曲げないなど様々なドライバーと仕事をしました。そこで初めて彼ほど親切で人間性豊か、知識も豊富なドライバーとしてばかりでなく、人間として尊敬できるような人には、なかなか出会えない事に気がついてからです。同じ旅行中に現地で案内してくれた日本人ガイドの中には、予め昼食場所も決めてないのかと露骨に嫌な顔をする人もいました。それ以来、バスク人は私にとって特別な存在になりました。

旅の楽しみは、プラスアルファの意外性

旅の印象というのは、食べ物であったり、景色であったり、ホテルやあるいは現地で出会った人たちであったり、人によって様々だと思います。昨今は、現地の情報が本当に豊富になりました。どこに行ったら何があるか、事前にかなり詳しく調べられるようになり、その結果、その場所に行ったらそれを絶対に確認しなければという事になります。事前にガイドブックやインターネットで調べた景色や名所を実際に自分の目で見て、その素晴らしさを確認し、更にカメラに収めることは、とても重要な要素で、それこそが旅に出かけたいと思う楽しみの一つであると思います。事前の情報が豊かであればあるほど、その分、事前に組む日程はタイトになり、現地では名所巡りが中心となって、それ以外の余分な時間がほとんどなくなってしまう事は、われわれ旅行業者にとっては、一方で大変頭の痛い事ではあります。何故ならば、旅の楽しみはプラスアルファの意外性も必要だと思うからです。あまりお馴染でない場所で想像を超える、思ってもいない出会いにも、旅の楽しみがあり、そのようなお客様の期待にも応える必要があると思います。今回の旅行では、日本人はアンドラにあまり来てくれない、と言いながら懸命に拙い日本語でガイドをしてくれた女性ガイドさん、お父さんに民族衣装を着せ、古いロマネスクの教会で待たせる演出をしてくれたアンドラの現地代理店のスタッフ、スペインの白い村モンテフリオのオリーブ農場で、オリーブの実の落とし方を一生懸命に教えてくれた2人の若者、若く親切な女性市長さんもとても印象的でした。マドリッドでお世話になったスペイン人の女性ローカル・ガイドの方が、私に別れ際に『皆さんとても素晴らしい人達でしたよ!』と言ってくださいました。もちろん、私たちのグループの皆様のことです。

旅は良い人達とするに限る!と本当に思いました。

皆様、本当にありがとうございました。

添乗員 赤澤光則


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